父とじょうろのやわからな水
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記事:ありのり(ライティング・ゼミ)
父はなにごとにも「対応」しない。しかし、それは何かを貫いている。
「対応」しない父は、祖父から譲り受けた店を大きくすることも小さくすることもなく、客と取引先に対してとても律儀な経営をし、私たち姉弟を育ててくれた。
生まれてから一度も生家を出ることなく、地元の幼馴染や商店連合会の商売仲間たちとの長い付き合いを楽しみ過ごしている。
弟が中学のころちょっと悪さをしたときも、晩年母が病気で入院したときも、「あかんな」「大変や」とはいうものの、どことなくのほほんと、淡々としていた。
息子を叱責したり、名医を見つけるぞ、などと息巻いたりなどという特別な「対応」をすることはなく、ただ、学校に頭を下げに行ったり、入院の準備をしたりと、やるべきことをやるだけだった。
入院後の診察で、母はもう長くないということが分かった。
私は結婚し遠方に住んでいたので、実家近くに住む弟と義妹、そして父が中心になって入院中の母の介護をした。
父は、毎日病室を見舞った。そして、週に何回か私に電話で母の様子を知らせてきた。
ひととおり話した後は、いつも最後に「ほんまにもうあかんのかなあ」と独り言のように付け加えた。
長男である弟が高校生のころから、父は「小規模な小売りの時代は間もなく終わる。あとを継がなくていい」と話していた。もともと商売に興味がない弟は大学を出るとサラリーマンになった。
母が入院してしばらくしてから、父は店をたたむ準備を始めた。
実家は明治時代から5代も続いた商家だったので、地元ではそれなりに名が知られていた。親類や商売の仲間は父を引き留めた。私や弟を説得してやらせるべきだという人もいた。
しかし、父は「まあ、時代やしな」と答えるだけだった。
母とのお別れの時が来た。病室に父と私と弟夫婦が駆け付けた。
いよいよ母の意識がなくなり、心拍も弱々しくなってきたとき、死ぬ間際まで耳だけは聞こえているからと、最後のメッセージを伝えるよう医師に促された。
私や弟たちは大きな声で母に何度も話しかけ、お別れの言葉を伝えた。とうとう、私たちが嗚咽をあげて泣きだしたので、だれも母に声をかけられなくなった。
すると、ずっと脇で見ていた父が母のそばに近づきかがみこんだ。
そして、共に家と店を守り続けた妻の頭をなでながら「あんた、ようがんばったなあ」とつぶやいた。
母は逝った。
親類が多いので、葬儀もその後つづく法事もかなり大変だった。
長男の嫁として義妹は奮闘した。親類が集まる場では終始感じよくふるまっていた彼女は、その実、大変なストレスを抱えていた。
都会の核家族で育った彼女は、田舎の本家の法事を切り盛りするノウハウなど心得ていない。それを教わる前に姑は去った。
教わる相手がいない本家の嫁に、親類のおばたちは善意からいろいろ助言した。しかし、それは看病から葬儀まで頑張り続けた彼女を追い込んだ。
葬儀から数か月たったある日、私は夫と実家を訪ねた。すると、父が「これ、どうやろ」と携帯メールを見せてきた。
義妹からのメールだった。そこには『そちらの家へ足を運びたくありません。離婚も考えるほどです。お父さんの顔をみることは耐えられません』というようなことが書いてあった。
彼女はそのころ少し情緒不安定になっていたらしい。帯状疱疹まで発症していた。彼女のストレスの矛先は、自分の窮地に気づかなかった鈍感な舅に向けられた。
文句ひとつ言わず明るく頑張っていた嫁の急な変化に、父は少々驚いたようだ。「なんやろなあ」といいながら、背中を丸めて携帯の画面を見つめていた。
その後、実家の法事に義妹は一切顔をださなくなり、弟が娘だけを連れて来るようになった。毎年贈ってくれていた父の日の花も途絶えた。
私の夫はそんな実家の状態を何とかしようと躍起になった。夫は人情深い。こういうことは放っておけず、対応する人だ。弟を呼び出して説教したり、父に電話をして自分が仲介に入ろうかと申し出たりしていた。
しかし、父は「どうも、困ったもんやなあ」と受話器の向こうで繰り返すだけで、夫の申し出を受ける気はないようだった。
父はその後も、毎年欠かさず弟と義妹の連名で年賀状を送り、義妹の誕生日にお祝いを贈り、孫娘の進学や誕生日には必ずメールや電話をした。それらは、無視をされたり、送り返されたりしたこともあった。
「待つしかないしな」と父は言った。
そのまま4年が過ぎた。毎年お正月の三が日は実家に帰るが、義妹が顔を出すことはなかった。私たち夫婦はすでに義妹のことはあきらめていた。
初夏のある日、所用で実家を訪れた。父は出先から戻ったばかりらしく、車をガレージにしまっているところだった。
どこに行っていたのかと聞くと、なんと、弟と義妹のマンションだという。近所からお菓子をもらったので孫娘にあげようと、義妹にメールをして手渡してきたとのこと。
会うようになったのかと聞くと、「まあ、つい最近ちょっとな」と言った。
私と夫は唖然として、ガレージのシャッターを下ろす父を見つめていた。
父は、そんな私たちを尻目に、脇に置かれていたじょうろを手に取り、そばの鉢たちに水を撒き始めた。
少し乾いた土は、じょうろからさわさわと降ってくるやわらかな水を気持ちよさそうに浴びた。すると、あさがおの小さな芽が土から顔をだした。父は目を細めて芽を眺めた。
そして、「よう出てきたな」と小さくつぶやいた。
私はその時理解した。
対応しない。そして、ただ愛するという、愛の貫き方があるということを。
あさがおの芽が水滴をのせてきらりと光った。
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